合格~実務補習まで

独立前夜

2次筆記試験合格の余韻に浸ることなく次へ行動を移す

すぐに口述試験がやってくる

先輩診断士が有志で行っている受験支援団体が主催するセミナーに参加し

さらに独学だった私は

受験校で外部生でも参加できる口述試験対策(模擬面接)に申し込むなど

慌ただしい毎日を送っていた。

ここからは診断士になると同時に仕事を獲得していくことも意識しなくてはならない。

なんか負荷が重いなと感じつつも、やるしかないと自分を奮い立たせる。

「とにかく何でも手をあげる」を基本とし、

受験対策本の執筆メンバーにも手を上げ(セミナー参加していたら声がかかった)、

予備校の口述試験対策に行った際、「中小企業診断士講座講師募集」のチラシももらったため申し込んだ。

ただ予備校講師は、基本卒業生から選ばれると思うので、独学の私が選ばれる可能性はめちゃくちゃく低いと思う。

そして口述試験当日

肩透かしなほどあっさりと終わった。

圧迫もなく、2次筆記試験の内容を再び聞かれる程度であり、なりすまし受験の防止と、普通にコミュニケーションが取れる人なのか?という判断にすぎない程度の面接だった。

むしろ受験会場にたどり着けるかが一番怖いところだと思う。

電車の遅延等がこわかったので、確か試験開始の2時間くらい前には現地について、最寄りのカフェで二次試験の問題を読むでもなしに眺めていた。

(ビビりな私はトイレが近くなるのが怖くてコーヒーを超ちびちび飲んでいたました。)

 

口述試験は99%合格する試験(ちなみに私の年度は100%だったと記憶している)であり、合格通知が来る前から合格している前提で動き出す。

まず一番初めにスタートを切ったのが、受験対策本の執筆。

受験生の中では最も有名な2次対策本で、プロの講師ではなく、前年に合格した元受験生が中心に執筆している。

そのため毎年プロジェクトメンバーが集められ、ゼロから執筆が始まる。

メンバー顔合わせ、キックオフミーティングへ出席

たしか都内の公民館の会議室だったと思う

この時、心の底から感じたことは

帰りたい 帰って寝たい

今まで他の受験生に会うのは受験会場のみ。

受験生の友人など一人もいなかったので、話したことは、ほぼなかった。

SNSとかもやってなかった頃である。受験生の属性など知る由もない。

普通に考えればわかるだろ?と突っ込まれそうだが、

当時の私は視野がせまく、自分みたいな人生一発逆転を狙っている連中の集まりだと想像していた。

そんなハンター試験みたいな映像を想像していた私の想像は無残に散った

正直 皆さま中小企業診断士の資格いる?っていう面々だった

東京大学卒とか東大出てさらに院も出てビジネススクールの講師やってる方とか

世界に名だたる日本企業にお勤めの面々

ずっと海外駐在だった方

スーパーエリート公務員

外資系etc…

うん。私にとって致死量なエリートエキス

俺が受験していたのは、国家資格ではなく、神々のレジャーだったのか?

とにかく毛布をください。できたらホットココアもください。

驚くべきことに、スーパーエリートたちはマウンティングなどしない。

バスケットボール選手はわざわざシークレットブーツもはかないし、身長を自慢したりしないのだ。

それは自慢すべき対象ではなく、デフォルトだから

そしてエリートたちは人間性も素晴らしいのだ

どうやったらそういう人生を送れるのか、マジで教えて欲しい

そんな彼らも

「独立はすぐには難しいよねー」「まぁそもそも独立は考えてなかったし」

と話している。

このエリートたちに難しいと考えていることを俺は何なら数か月後にしようとしているのか。。。

会場の隅で可能な限り壁と同化しようと擬態していると、昨年執筆の先輩がやってきて、私を他のメンバーに紹介する。

「みのるはね、独学でストレート合格なんだよ」

やめなさい。とりあえず大きな誤解を招くからやめなさい。

その後めちゃくちゃ質問されたけど、その質問の角度がおかしい。

「なんで、独学で目指したの?大変じゃない?」

→いやお金がなかったんす

「ストレートとかすごいね!どうやって勉強時間確保したの?」

→激務の皆様より時間があったんす

「2次試験勉強、1人でできるの?」

→えぇ。地獄を見ました。

2015年当時、中小企業診断士試験は予備校に通って取るというのが一般的で、確か当時の資格案内とかには独学は極めて難しいと書いてあったと思う。

その理由として、当時は今よりもさらに中小企業診断士資格自体がマイナーで、市販の資格対策のテキストはほぼなく、少なくとも埼玉県の小さなまちには売っていなかったことも大きい。

東京の大型書店にようやく1~2冊ある程度。二次試験対策本については、ネットでなければほぼ手に入らないぐらいの状況だった。

そのため、当時は、「独学はすごい」というより「なにその縛りプレー」という一種の変態的な選択肢として見られていた。

正直私が一発で合格できたのは、奇跡だったとしか言いようがない。もう一回受かるかと言われたら絶対無理と答えると思う。

 謎なステータスのおかげで、なんとくなくみんなの会話に入っていくことができた。

神々と話していてと気が付くのは、話していてめちゃくちゃ楽しくて刺激的だということ

自分の職場の喫煙所で日々繰り広げられる、

どこどこのパチンコは設定甘いとか、今週は万馬券確実!とか、

いやまぁ確かに肩肘張らずに楽しいけれども、

きっと今日も、明日も、来年も、3年後もこの話をしてるんだろうなっていうあの立体感が無い感じとは全く違う、

まるで読書をしているかのスリリングさにワクワクした

これだけでも試験に受かったかいがあった。

きっとどこかには存在するんだろうけど、見たことのない世界、どうやってたどり着いたら良いか分からない世界を少しだけ垣間見た気がして嬉しかった。

初めこそ緊張していたものの、ミーティングを重ねて、実際の執筆作業を共同で行っていくことでどんどん打ち解けていって、一ヶ月が経つ頃にはわりと個人的な話もできるようになってきた。

そこで、「独立」の話を家族以外で初めてした。

正直自分の年収とか、環境とかを話すのは恥ずかしかったし、怖かったけれども、背景も含めて洗いざらい話した。

みんなが応援してくれた。

「きっと大丈夫」

根拠はないけれど、この素敵な人たちがいうなら信じてみたいと思った

きっと大丈夫

本日もお読みいただきありがとうございました。

合格後の怒涛の日々は、それはそれはジェットコースターでした。

2次筆記合格→受験対策本執筆、並行して実務補習(次回書きます)、さらに並行して受験校の講師面接模擬試験、などこれだけで目が回る状況なのに、これを会社員しながらこなしていたので、もう何が何だかさっぱりわからんという状況でした。

曜日の感覚も、時間の感覚もぼやーとしていた記憶があります。

多分即独立を目指さなければ、ここまで忙しいスケジュールにはならないと思います。

「独立するのだから並みの合格者ではだめだ」という強迫観念にかられていた気がします。

合格後にできた同期は本当に宝というか、独立しないのであれば、このためだけに合格を目指したとしても過言ではないというくらい貴重な存在でした。

コロナもあり、最近は会えていませんが、コロナが明けたらみんなに会いたいです。

次回は、実務補習について書いていきたいと思います

とにかく前のめりに参加したこと、仕事を獲得するために考えた

私なりの戦略をお伝えさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

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